先日、朝の情報番組「とくダネ」で「つけ八重歯」なるものの特集をしていました

以前から馬鹿な歯科医師がこんなことをしていることや、マイナーなメディアが面白おかしく取り上げていることは知っていましたが、結構影響力のある番組や、そこそこ人気のあるタレントが、「かわいい!」などと、無責任な取り上げ方をしているのを見て、少々憤りを感じました

八重歯は専門的には「犬歯の低位唇側転位」という明らかな異常、疾患です。
犬歯はかみ合わせにとって重要な役割を持った歯で、低位唇側転位を伴う歯列不正、いわゆる歯並びが悪いと、咀嚼障害や顎関節症を引き起こす可能性があります。
また犬歯は歯の中で最も長い根を持っているため本来寿命が長く、他の歯がなくなっても粘ってくれて色々な役にたってくれますが、低位唇側転位の犬歯はもともと周りに十分な骨がないため、放置しておくと早い時期に喪失してしまいます。
さらに日本では昔、八重歯はかわいいとする文化がありましたが、欧米をはじめアジアでも、ほとんどの国ではドラキュラや鬼の牙を連想させるため、忌み嫌われます。
鎖国時代の日本ならともかく、成人して海外に出たり来日した外人に接する機会が日常的な現代において、自分が外人に与える印象が非常に悪いことに気づき、これを治さなかったことを後悔し、悩む方が後を絶ちません。
こうしたことを踏まえ、私が常任理事を務める日本歯科審美学会をはじめ、多くの歯科の学術団体や良識ある歯科医師は八重歯を含む歯列不正を放置することの弊害を一般の方々に啓蒙してきました。
今回の番組の取り上げ方は、そうした私たちの取り組みに水を差すものです

では日本ではなぜ八重歯がかわいいという文化があったのでしょう

ここではあまり詳しくは述べませんが、日本人は欧米人よりはるかに八重歯を生じやすい骨格的特徴を持っています。ですから、八重歯が珍しいことではなく、見慣れていたために昔から日本では欧米ほど気にされませんでした。
また、もちろん昔それを治す手段はありませんから気にしなくていいんだよという、なぐさめ、励ましの意味があったかもしれません。
でも、もう少し深く掘り下げると次のようなことが考えられます。

日本には「顔かくし文化」というものがあります。
現代に生きる私でさえ小さい頃、感情をあらわにすることははしたない、男は泣き顔を人に見せるな、男は黙って何とかビール・・・などと教えられたものです。
古代、高貴な貴族は御簾の内側に鎮座ましまし、決して顔を見せませんでした。
感情の変化を表情に出さないよう、眉をそり、顔におしろいを塗り、歯にお歯黒を塗りました。
笑う時に歯を見せるなどもってのほか、笑う時は昔から必ず扇子や手で口を隠すことがたしなみでした。
かくして、上品な大人は歯を人に見せないことが美徳とする文化が育ちました。
八重歯の大人は歯が目立たないよう特に注意を払ったでしょう。

そんな習慣の中で何かの拍子にちらっと八重歯が見えると、ドキッ
見てはいけないものを見てしまった興奮
例えば、着物の裾からチラッと太ももが見えてしまうと・・・
たとえそれがとんでもない大根足でも、何か美しい、深遠なものを垣間見たような喜び・・・
例えが適切かどうかはともかく、言いたいことは何となくご理解いただけるかと・・・

一方、子供は屈託なく八重歯をむき出しにして笑います。
かわいい子供の表情と八重歯が結びついたことは想像に難くありません。

こんなことから、日本では八重歯は無邪気な子供や神秘的な魅力を持つ女性をイメージさせる小道具として文学などにも広く用いられることにとなりました。

このように日本には昔、民族固有の文化として八重歯をかわいいとした歴史があり、それは何ら否定するものではありません。
しかし医学が進歩して、それを放置することが好ましいことではないと明らかになり、しかもそれを容易に改善する手段がある現代において、この身体の異常が、さもファッションの先端であるかのような誤った認識の流布は厳に慎むべきだと思います。
まして、良識ある歯科医師、影響力のある番組やタレントは正しい知識を啓蒙する義務があると考えます。

悲しいことですが歯科医師の数の急増により、まともな医療行為では経営が成り立たず、医療とは言い難い様々な手段で金儲けをしようとする、良識を欠いた歯科医師が増えているのが現実です
またマスコミも、医療に関してさえ事の善悪の検討も十分しないまま、ただ面白おかしくセンセーショナルに取り上げる傾向が顕著です

どうか皆さんは、一時のブームや無責任なタレントの言動に惑わされることなく、客観的にご判断ください。
ご自分の体の健康にかかわることです

日野歯科医院